「お受験」日記、その後。

父親がみた小学校受験を終えた子供の日々

自主性を伸ばす

 お受験以来、子供の勉強は事実上の詰め込みで「自主性」を伸ばすような勉強ではありません。私は子供の自主性は伸ばすべきだと考えていますので、これはいかんなぁと思っていました。もちろん今の時期は「詰め込む時期」ではあると思うので、どんどん「詰め込んで」いいとは思っています。創造性にしても基礎的な概念、知識が必要だと考えています。

 そんなある日、子供が夏休みの宿題の絵日記を書いている時のことです。昆虫採集のことを描いている時、子供が「昆虫って英語でなんて言うんだろう?」と早速調べようとしました。もう英語が始まっているので不思議ではありませんが、まさに子供が「自主的」に興味を持って「勉強」しようとした瞬間です。私は「おおっ!」と内心思いましたが、家内がすかさず「そんなの後にして絵日記を終わらせなさいっ!」と一喝しました。

 うーん、残念。まさに子供の自主性が芽生える瞬間を潰してしまったのではないかと私は感じました。ここで家内が子供に送ったメッセージは「余計なことはしないで言われたことだけしてればいい」というものです。勉強における自主性とはそもそもが「余計なこと」でもあるわけで、課題の先取りとは違います。確かに「自主的に宿題を始める」ことも大切ですが、もっと大切なことは勉強の過程でふとした疑問を調べることで、実は「余計なこと」で「寄り道」ですが、これこそが自主性であり、自ら学ぶことにつながると私は考えています。

 家内には「じゃあ、昆虫を英語で何て言うか調べて日記に書いちゃう?」と言って欲しかった。そうすれば、子供がどんどん疑問に思ったことを自分で調べるようになる後押しになったのではないかと思うのです。

 学問上の発見や、素晴らしい研究は誰も思いつかないようなこと、それは余計なことや寄り道から出てくると私は信じているので、子供にはどんどん横道に逸れて色々なことを学んで欲しいと思っています。

 そして横道に逸れるためには、それも素晴らしい横道に逸れるためには本道が太ければ太いほどいいので、子供にはどんどん勉強して欲しいし、高校生ぐらいまではどんどん詰め込まれて欲しいと願っています。