「お受験」日記、その後。

父親がみた小学校受験を終えた子供の日々

面接で思うこと

  今でも腑に落ちないのが面接の準備です。私自身の面接官としての経験を踏まえて考えてみたいと思います。
 今、我が子が通っている小学校の面接を例にしたいと思います。
 形式は親子面接でした。
(1)まず、子供が独りで部屋に呼ばれます。この時子供に課題が与えられています。それ以外は何が行われていたのかはわかりません。

(2)しばらくして我々両親が呼ばれます。そこで子供は与えられた課題を行うよう面接官の先生に促されます。ここで我が子はフリーズ。微動だにしなかったので、面接官の先生から助け船が出され、課題の内容が知らされました。課題は親子3人でジャンケンをして勝った順に金、銀、銅のイスに順番に座るというもの。
我々は課題通りにジャンケンをして着席しました。

(3)面接官の先生が子供に絵を見せます。遠足でみんなでお弁当を食べている絵です。そこには一人だけ水筒を忘れた人がいます。ここで先生が子供に質問をします。「この水筒を忘れた人が自分だとしたら、あなたはどうしますか。」子供はそれなりに答えました。

(4)ここで質問が母親に向かいます。「お子さんの答えに対してお母さんはどのようなことをお子さんにお話しますか。実際に話すようにお子さんに話してみてください。」と、その絵を渡されます。家内はそれなりに答えました。

(5)再び子供に質問です。「あなたが将来一番なりたいものは何ですか。」子供はそれなりに答えました。
更に質問です。「あなたが将来二番目になりたいものは何ですか。」子供はそれなりに答えました。

(6)ここで父親に質問が向かいます。「お子さんが二番目になりたいものになると言ったら、お父さんはどのようにしますか。」この時子供が二番目になりたいと言ったのは、今までに一度も子供の口から出たことがなく、しかも私の想像の範囲外でしたので戸惑いましたが、それなりに答えました。

(7)最後に子供に質問が向かいました。
「この小学校について知りたいことはありますか。」
子供の答えは、質問の答えにはなっていませんでしたが、面接官の先生は優しく対応してくださいました。

 さて、以上が面接のすべてですが、一体我々は何を試されていたのか、何を見られていたのでしょうか。

 面接官としての経験からは、質問に対する答えの内容はあまり気にしません。なぜなら受験生は十分な準備をしてきているので極端な差がないからです。受験生の多くが極端な差が出るように(目立つように)準備をしているので、それぞれが「個性的」な答えをします。となればそんな付け焼き刃の話や答えはアピールしません。
 見ているのは極端に言えば正に「人となり」です。ですから、「この人物は是非欲しい」、か、「この人物は好ましくない」、かしかないと思います。
 私自身が行った面接試験でも、私の質問に対する答えが私の期待するものではなく、やや見当外れな答をした受験生がいましたが、それでも私は最高点をつけました。この人物と仕事をしたい、この人物を指導したいと思わせるものがあったからです。履歴書も頑張って色々と書いてありましたが、実際の人物の方が多くを語ってくれると思います。
 面接の前後には試験官が集まって、公正な評価をするための打ち合わせをしますが、最後は「印象」です。このことは大変重要だと思います。

 では小学校受験の面接における「印象」とは誰の「印象」でしょうか。

 それを上記の例に沿って考えてみたいと思います。

(1)ここでは子供自身をみていたのだと思います。そして課題を与え、理解し実行できるかを(2)で確認したのではないかと思います。

(2)ここでは子供が課題を理解して実行できるかが見られていたのではないかと思いますが、それ以上に重要なのは家族の関係性ではないかと推定します。誰がイニシアチブをとってジャンケンをするのか、特にイニシアチブは必要のない関係性なのか、ジャンケンは不自然ではないか、ジャンケンの勝負が決まった時の様子などを見ながら「家族」を見ていたのではないかと思います。

(3)水筒を忘れた子供が何というのかもある程度は重要だと思いますが、子供が答を考える姿を見ているのではないかと推定します。ここで、「買いに行く」などと答えてしまうとまずいように思いますが、それも許容されるような気がします。

(4)ここでは当然ながら母親そのものを見ているはずです。答えの内容はよほど呆れるものでなければ許容されると思います。しかし、更には母親の言うことを聞いている子供が見られていたはずです。母親の言うことをきちんと聞く姿勢があるか、そのような躾がされているか、を見ているような気がします。

(5)定番の質問ですが、2番目になりたいもの、は変化球だと思います。おそらく次の質問に繋げるためのもので、大きな意味合いはないと私は考えています。

(6)子供の答えが、今まで一度も言ったことのないものだったので正直戸惑いました。本当にありきたりのことしか言えなかったので、今までの私の面接の準備がすべてが無と化した瞬間のようでした。私は「ここで動じては行けない」とだけ考えていましたが、おそらく面接官の先生は答えに関わらず私の人物を探っていたのでしょう。

(7)おまけのような質問に感じましたが、子供自身がどれだけこの小学校に入学したいと思っているかを推し量っていたのだと推定します。単に親の希望で入学試験を受けているのか、少しでも本人の意思があるのか、を探っていたのではないかと思います。現実的には小学校の選択は親の意向ですから、子供の気持ちを知りたいのではないでしょうか。

 以上をまとめると、家族の印象をみながら、子供の印象をみているのではないかと思います。家庭の教育方針がどうとか、こうとか、ではなく、家族が家族として機能しているか、この子供を我が校に迎えて指導したいと思えるか、をみているのではないかと推定します。
 何といっても面接官の先生方は「プロ」ですから、我々の付け焼き刃のような教育方針など見向きもせずに人物を、家庭を見抜いているのではないかと思います。より実際的には、我が校に迎えてトラブルメーカーとなるか否かが大きなポイントではないかと思います。
 面接をする側として、「良い人材」を獲得するのは重要ですが、それと同等以上に「問題を起こさない」ことが重要だからです。
 受験する小学校にもよると思いますが、面接対策は家族が家族として機能していて、子供が「良い子」なら良いんじゃないかと思います。相手はプロですし、お受験界のことも良く知っているわけですから、結構何でも見抜かれてしまうのではないかというのが私の考えです。