「お受験」日記、その後。

父親がみた小学校受験を終えた子供の日々

勉強のモチベーション

子供のモチベーションをあげる、あるいは維持するためにはどうすればいいのか。
当然に悩みました、家内は。私はお受験自体に熱心ではなかったのでほとんどといっていいほどこの点には関心がありませんでした。
大学受験であれば、その理由はともかく、この大学に行きたい、この学部に行きたい、というものがそのモチベーションの第一ですが、幼児にそんなことを期待できるわけはありません。そこで、家内が使った手の一つが制服。子供が自らそう思ったのか、家内が子供に見せて誘導したのか分かりませんが、「制服がカッコいいからこの小学校に行きたい」という気持ちに子供がなり、「その小学校に行くためには勉強を一生懸命しないとだめだ」と家内が言って聞かせて勉強をさせていました。
とはいっても、それで幼児が一生懸命勉強するわけはありません。理想では、学ぶ喜びに目覚めて自らが勉強する、ということだとは思います。が、そんなことはまず無理です、子供には。結局はいけないことだとは知りつつも「おもちゃを買ってあげる」の一言に頼りました。「今度80点取ったら、**を買ってあげるよ」なんて言っていましたが、最初は子供にはその意味がよくわからなかったようで、「どうやらテストで何かしたらおもちゃを買ってもらえるらしい」ぐらいの認識だったようです。そもそも「テストで80点を取る」の意味が当初はわからなかったようで、試験の後に「どうだった?80点取れた?」と何気なく聞くと「うん、取れたよっ!」なんて答えるものですからちょっと期待しました。冷静に考えれば子供にそんなことがわかるはずはありません。案の定、80点には至らず。それでも続けていくうちに、テストの結果を見ては「おもちゃ買ってくれる?」と聞くようになり、ついには日常においても「**したらおもちゃ買ってくれる?」までになってしまいました。これは教育上よろしくない、と思いながらもおもちゃでつればそれなりに勉強をしたので、結果的には我が家はおもちゃだらけになってしまいました。今からすればおもちゃのような形に残るものではなく、旅行や公園、イベントに連れて行く、といった方法があったのではないか、と思います。
子供がおもちゃを欲しがるのは当然ですが、おもちゃで誘導するということは「おもちゃを買うことはいいことだ」と親が教育しているようなものです。やはり、何かでつる、ということは「勉強すれば楽しいことが待っている。楽しいこととは**である。」と親が教育しているようなもので、この**をおもちゃにするか、何にするか、も大切なのかな、と思います。ここでさらにつっこむならば、「勉強すれば楽しいことがある」というのはおかしなことで、勉強自体が楽しいのだ、というのがあるべき姿、なのでしょう。こんなことを幼児に求めるのは無理なので、結局はおもちゃでしょうか...。