「お受験」日記、その後。

父親がみた小学校受験を終えた子供の日々

勝者の宴

 お受験は親の代理受験だと私は考えています。この点でも私はお受験に否定的です。「自身の出身校に行かせたい」といった自然な気持ちで志望校を選択するのであればともかく、難関校だからとか、有名だからといった理由で志望校を選択するのはナンセンスです。お教室でも、「子供に合った学校」、「学校の教育方針と家庭の教育方針が合う学校」などを選ぶよう指導されます。そんなの当たり前、当然とお受験界のママさんたちはおそらくおっしゃると思いますが、毎朝神棚に手を合わせる家庭の子供がプロテスタントの学校に行くことは実際にあるわけです。私はこれを否定しませんが、この場合、志望校の選択は「教育方針」ではないわけです(宗教はいい加減で良い、というのであれば別ですが)。大学受験で言えば、より高い偏差値の大学を受験することに相当すると思います。ここで感じるのは、志望校の選択基準は親の見栄ではないか、ということです。「それは違う、子供の将来を考えた結果である」との反論があるでしょうが、子供の将来が小学校の選択で決まるとは思えません。
 それはさておき、お受験が終わるとママさんたちのお付き合いは進学先を軸としたものに変わるようです。これは自然なことだと思いますが、その進学先が難関有名校の場合、ママさんたちの集まりにはそれとなく優越の香りが漂い、少し鼻につくように思います。子供のこととは関係なく、ママさんたちが集う姿には「勝者の宴」という言葉がしっくりする、と思う私は少しひねくれているのかもしれません。そんな私だからこそ、お受験は「代理受験」と考えてしまうのでしょうか。